森見登美彦著『恋文の技術』に妻の面影を見た
※この記事は2015年5月17日にFacebookで投稿した記事です。
ゴールデンウィークの秋田旅行はいろいろと写真を載せたけれども、何があったかについてほとんど何も書かなかったのは、根っからの筆無精の私が、皆さんの「いいね」をどうしたら獲得出来るか考えた末、苦肉の策を用いた結果です。そういえば、新婚旅行も後半からそんな感じだった気が・・・。元来、私はメンドクサガリーなのです。
そんなメンドクサガリーが人生の節目節目でいろんな悪さをするのですが、妻の田舎から持ち帰った森見登美彦著『恋文の技術』は、メンドクサガリーな自分の罪を改めて認識した一冊になりました。
妻は大学卒業後、母方の祖父母の家がある秋田県鹿角市の博物館で働き始めました。そこで妻はこの『恋文の技術』を読んだようです。ここから、のんべんだらり学生モノトリアム真っ最中な私のもとへ、ほぼ一方通行な文通が始まりました。
妻は筆まめでした。月に1、2通の手紙を私に寄越しました。時には押し花にした四葉のクローバー入っていたり、時には最近買った香水の香りが便箋に付いていたり、非常に凝っていました。が、問題がひとつありました。妻は文章が絶望的に下手なのです。いつも便箋にはギッシリ文字が詰まっていたのですが、話が飛躍して明後日の方向へ行ったり、字の汚さも相まって6割ぐらいしか解読出来ない品物でした。
私は筆無精です。いつも電話かメールで簡単に返答していました。そのほとんどは「ここは何が言いたかったのか」「どうしてこういう話になるのか」など、ほとんど苦情に近い返答だったと記憶しています。
それがどうして夫婦となったのか。
同じ大学だった先輩後輩同級生、そして教授陣、全員が一度は考えたのではないかと思います。実は自分でも謎でした。横山先生は「私が愛ちゃんの卒論の校正をお願いしたからか」と勘ぐっては頭を抱えていらっしゃいましたが、それは違いました。
妻は『恋文の技術』を習得していたのです。
『恋文の技術』には次のようにあります。
・大言壮語しないこと
・卑屈にならないこと
・かたくならないこと
・阿呆を暴露しないこと
・賢いふりをしないこと
・おっぱいにこだわらないこと
・詩人を気取らないこと
・褒めすぎないこと
・恋文を書こうとしないこと
(P.253)
妻からの手紙はすべて裏表なくまっすぐでした。四季折々に触れて考えた事、出会った人、失敗した事、将来の事、いろいろな思いが溢れ過ぎて意味不明な文章となっていたとしても、
相手に話しかけるように手紙を書いていく楽しさであるとか、相手の返事を待っている間の楽しさであるとか、いざ返事が届いて封筒を開けるときの楽しさとか、手紙を何度も読み返す楽しさとか、手紙の中身なんて大した問題ではなかった。(中略)でもそれでじゅうぶんだったのです。(P.326)
これを妻が知っていた力は絶大でした。私は妻に当時意味もわからず惚れました。
私が犯した大きな罪は、文通をしなかった事、電話やメールで事足りると元来のメンドクサガリーを発揮してしまった事です。妻にはさぞ寂しい思いをさせてしまったと反省しています。
妻からもらった手紙はまだ大事に取ってあります。さすがに押し花にした四葉のクローバーも枯れ、香水の香りもなくなっているとは思いますが・・・。今でも大切な宝物です。